2011年 11月 16日

イタリア北部、トリノの街。あるカフェで出会ったバールマンを思い出した。
彼は私の頼んだカプチーノに何やら模様を描いて寄こしたのだが、良く見ればかろうじて木の葉の模様に見えなくもないそれは、シアトル系のカフェではカプチーノに良く描かれている"ロゼッタ"と呼ばれる模様を意識したのだろう。しかしあまりに大雑把で不器用に描かれたその模様は決して上手いと思えるものではなかった。
だが彼はまったく気にする様子もなく、むしろ得意げな態度で、私の前にあらかじめ用意されたソーサーの上にそのカプチーノをそっとおいた。
"どうだ、すごいだろう?"
そう言わんばかりに私の顔に視線を投げる。
決して洗練されているわけでもなく、そして要領が良いとは言えない彼等だが、その根拠のない自信はいったい何処から来るのだろう。
日本が200年の鎖国を解き国を開いたとき、ヨコハマという街から多くの西洋文化が日本へ流れ込んだ。
それから150年が経過した今でも、街の至る所に残る歴史的建造物とその雰囲気を持ち続ける多くのカフェやレストラン。
しかしそのすぐ隣には近代のビルが立ち並ぶエリア。
この混沌とした街の魅力は、東京のそれとは違ったものがある。東京が洗練された切れ味の鋭いセンスの良さだとすれば、横浜の魅力は私がトリノで出会ったあのバールマンの様なインチキくささだと思う。
何処となく怪しげで、決して洗練されているとは思えないが、その圧倒的なパワーで押し切られるような魅力があるのだ。
「あの街はね、難しいよ。」
いつか、ヨコハマと言う街を選ぼうとしていた自分にそう言った人がいた。
老舗は続くが、新参者が店を続けていくには難しい場所だと、彼は自身の経験を私に語った。
あの時から、いつの間にか私の候補地にヨコハマは入らなくなった。あくまで憧れの街であって、現実的ではないのだと。
今まで働いてきた場所もすべて東京だった。だからあたまに浮かぶ場所は自然と東京のどこか。でも、どの街を見てもしっくりこない。
わたしがやろうとする"テーマパーク"を違和感なく受け入れてくれる街は、やはりヨコハマなのだと。
難しい街だとあの人が言ってから、もう多くの時が流れた。この街もいつまでもあのままではない、いくつもマンションが立ち、新しい商業施設も出来た。
街の一部は変わらない。でも他の一部は大きく変わっている。
良く知りもせずあきらめる前に、もう一度この街でチャレンジすることを真剣に考えてみようと思う。

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